イタリア映画・ドラマにみるリアルなアペリティーボ文化 ~夕食前の社交と軽食、その歴史と習慣~
イタリア映画・ドラマに頻繁に登場する「アペリティーボ」とは
イタリアの映画やドラマを見ていると、登場人物たちが夕方、おしゃれなバール(Bar)やカフェに立ち寄り、カクテルやワインを片手に軽食を楽しむシーンによく出会います。これは「アペリティーボ(Aperitivo)」と呼ばれるイタリアの習慣です。単なる「食前酒」と訳されることもありますが、実際には単なる飲み物以上の、イタリア人の生活に深く根ざした大切な文化と言えます。
画面に映し出されるアペリティーボの時間は、仕事終わりや友人との待ち合わせ、あるいは偶然の出会いの場として描かれることが多く、そこには常に賑やかな会話と笑顔があります。例えば、とあるロマンティックコメディでは、主人公が意中の相手と夕暮れ時にアペリティーボを共にし、二人の距離が縮まるきっかけとなるシーンが描かれていたり、家族ドラマでは、仕事で疲れた父親が帰宅前にバールで一杯立ち寄り、常連客と軽口をたたいてリフレッシュする様子が描かれたりします。これらの描写は、アペリティーボが単なる飲食ではなく、人々の交流やリフレッシュの場として機能している現実のイタリア文化をよく捉えています。
アペリティーボ:飲食と社交の融合
アペリティーボは、主に夕食前の時間帯(通常18時頃から21時頃まで)に行われます。目的は「食欲を増進させること(appetitoをaprire、開く)」ですが、それ以上に、友人や同僚、家族と集まって会話を楽しむ「社交の時間」としての意味合いが強いのが特徴です。
アペリティーボで提供される飲み物としては、スプリッツァー(Spritzer)、アペロール・スプリッツ(Aperol Spritz)、カンパリ・ソーダ(Campari Soda)といった食欲を刺激するリキュールを使ったカクテルや、プロセッコ(Prosecco)などのスパークリングワイン、白ワインなどが定番です。もちろん、ビールやソフトドリンクを選ぶ人もいます。
そして、アペリティーボに欠かせないのが軽食(Stuzzichini ストゥッツィキーニ、またはTagliere タッリエーレなど)です。多くの場合、飲み物を注文すると、チップス、オリーブ、ナッツなどのスナック類が無料で提供されます。少し料金を上乗せすると、生ハムやチーズ、パン、フォカッチャ、小さなピザ、揚げ物などがビュッフェ形式で提供される「アペリチェーナ(Apericena)」と呼ばれるスタイルもあります。これはアペリティーボとチェーナ(夕食)を組み合わせた言葉で、軽食のボリュームが増し、アペリティーボをそのまま夕食代わりにしてしまうことも可能です。
作品中でキャラクターが美味しそうに軽食をつまむ姿は、見ているこちらも食欲をそそられます。これらの軽食は手の込んだものではなく、あくまで飲み物を楽しむための添え物ですが、その種類や豊富さはお店によって様々で、お店選びの楽しみの一つでもあります。
歴史から紐解くアペリティーボのルーツ
アペリティーボの習慣が広まったのは、18世紀後半のトリノが起源とされています。アントニオ・ベネデット・カルパノという人物が、苦味のあるワインにハーブやスパイスを配合した「ヴェルモット(Vermouth)」を開発し、これが食前酒として人気を博したことが始まりと言われています。
当初は貴族や富裕層の間で楽しまれていましたが、時代と共に広く一般市民にも浸透していきました。特に、北イタリアを中心に発展し、各地域で独自のスタイルが生まれました。ヴェネツィアのチケッティ(Cicchetti、小さなタパスのようなもの)をつまみながら飲む「ウンブラ(Ombra、グラスワイン)」なども、広義ではアペリティーボ文化の一部と言えるでしょう。
第二次世界大戦後、経済成長と共に人々のライフスタイルが変化する中で、アペリティーボは仕事後のリラックスや社交の場として、より重要な位置を占めるようになりました。現在のイタリアでは、特に若い世代や都市部を中心に、欠かせない日常の一部となっています。映画やドラマで描かれるアペリティーボのシーンは、このような歴史を経て現代に続く、イタリア人の生活リズムや価値観を映し出しているのです。
作品を通じて知る、旅行で役立つアペリティーボのヒント
イタリアを訪れる際、映画やドラマで見たアペリティーボを体験してみたいと思う読者の方もいらっしゃるでしょう。作品に描かれているように、どこのバールでも気軽に楽しむことができます。
体験する上でのヒントをいくつかご紹介します。
- 時間帯: 夕方18時頃から始まるお店が多いですが、週末はもう少し早い時間から開いていることもあります。ピークは19時〜20時頃です。
- 注文: 基本的にはカウンターやテーブルで飲み物を注文するだけです。アペリティーボ用のカクテルやワインを尋ねてみるのも良いでしょう。「アペリティーボをお願いします」と伝えれば、飲み物と軽食が出てくるのが一般的です。
- 軽食: 飲み物と一緒に提供される無料のスナックを楽しむのも良いですし、ビュッフェ形式の場合は、飲み物の料金に含まれているか、追加料金が必要かを確認すると安心です。取りすぎには注意しましょう。
- 雰囲気: お店によって雰囲気は様々です。スタイリッシュなバール、地元の人々が集まる昔ながらのお店など、作品のワンシーンを思い出しながら選んでみるのも楽しいかもしれません。
アペリティーボは、イタリアの食文化だけでなく、人々のコミュニケーションの取り方や時間の使い方を知る良い機会です。作品を通して興味を持った文化を、ぜひ現地で体験してみてください。
まとめ
イタリア映画やドラマに描かれるアペリティーボ文化は、単なる食前酒の習慣を超え、人々の繋がり、リフレッシュ、そして豊かな時間を過ごすための大切な機会です。一杯の飲み物と軽食を囲んで交わされる会話の中に、イタリア人の陽気さや人生を楽しむ姿勢が見えてきます。
このように、映画やドラマは、遠い国の文化や習慣を理解するための素晴らしい窓口となります。「画面で学ぶ異文化入門」では、これからも様々な作品を通して、世界のリアルな暮らしや歴史をご紹介していきます。イタリアのアペリティーボも、作品から興味を持ち、実際に体験することで、より深く理解できる文化の一つです。次のイタリア旅行では、ぜひ夕方、バールに立ち寄って、本場のアペリティーボを味わってみてはいかがでしょうか。そこには、きっと画面で見た以上の発見と楽しみが待っているはずです。