ポルトガル映画・ドラマにみるバラエティ豊かなバカリャウ文化 ~「千の方法」に隠された歴史と人々の食卓~
映画やドラマが映し出すポルトガルの国民食「バカリャウ」
人気映画やドラマを通じて世界の異文化を学ぶ「画面で学ぶ異文化入門」へようこそ。今回は、日本から遠く離れたイベリア半島の西端に位置する国、ポルトガルの食文化に焦点を当てます。ポルトガルには、ワインや新鮮なシーフードなど魅力的な食が数多く存在しますが、中でも国民的な食材として、そして文化の象徴として愛されているのが「バカリャウ」、すなわち干し鱈です。
「ポルトガルではバカリャウは1001通りに料理される」という言葉があるほど、その調理法は多岐にわたります。多くのポルトガル映画やドラマでは、家庭の温かい食卓や、賑やかなレストランの場面が描かれることがありますが、その中心にしばしば見られるのが、このバカリャウ料理です。例えば、家族が集まる休日の昼食や、友人との何気ない夕食のシーンで、それぞれの家庭や地方の伝統を受け継いだバカリャウ料理が食卓を彩り、人々の語らいの中心となる様子が垣間見えます。これらの映像からは、バカリャウが単なる食材ではなく、ポルトガルの歴史、習慣、そして人々の絆を象徴する存在であることが伝わってきます。
大航海時代から食卓へ:バカリャウに隠された歴史
なぜ海に面したポルトガルで、干し鱈という保存食がこれほどまでに国民食として定着したのでしょうか。その背景には、ポルトガルの輝かしい大航海時代の歴史が深く関わっています。
15世紀から16世紀にかけて、ポルトガルはエンリケ航海王子のもと、世界各地へと船を出し、海洋国家として栄えました。この長期間にわたる航海において、食料の確保は極めて重要な課題でした。生の魚はすぐに腐敗するため、塩漬けにして乾燥させた鱈、すなわちバカリャウが保存食として重宝されました。遠洋航海中の船上で、そして新大陸への入植地で、バカリャウは重要なタンパク源となったのです。
さらに、バカリャウが国民食となった背景には、宗教的な要因も挙げられます。カトリック教徒の多いポルトガルでは、年間を通じて肉食が禁じられる斎戒期間が多くありました。この期間に、肉の代わりとなるタンパク源としてバカリャウが広く利用され、様々な調理法が考案されていきました。これにより、バカリャウは港町だけでなく、内陸部にも普及し、国民全体に愛される食材となっていったのです。
「千の方法」にみる多様性と現代の食卓
「千の方法」と表現されるように、バカリャウは地域や家庭によって実に多様な料理に姿を変えます。ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。
- バカリャウ・ア・ブラス (Bacalhau à Brás): 干し鱈をほぐし、玉ねぎ、揚げた細切りポテト、卵と炒め合わせた一品。家庭料理の定番であり、手軽に作れることから親しまれています。
- バカリャウ・ア・ゴメス・デ・サ (Bacalhau à Gomes de Sá): 茹でた干し鱈をジャガイモ、玉ねぎ、オリーブ、ゆで卵などと合わせてオーブンで焼いたもの。温かくて栄養満点の一皿です。
- バカリャウ・コン・ナタス (Bacalhau com Natas): 干し鱈とジャガイモをクリームソースでグラタンにした料理。濃厚な味わいが特徴で、特別な日の食卓にも登場します。
- バカリャウ・アサード (Bacalhau Assado): 干し鱈をシンプルにグリルまたはオーブンで焼いたもの。肉厚なバカリャウ本来の旨味を味わうことができます。
これらの料理は、ポルトガルの映画やドラマにおいて、単なる食事の描写を超え、家族の絆、地域のアイデンティティ、そして歴史の深さを物語るアイコンとして登場します。食卓を囲む人々の笑顔や会話から、バカリャウが彼らの暮らしにどれほど深く根ざしているかを読み取ることができるでしょう。
ポルトガル旅行でバカリャウを体験するヒント
もしポルトガルを訪れる機会があれば、ぜひこのバカリャウ文化を五感で体験してみてください。
- 専門レストラン: リスボンやポルトには「Casa do Bacalhau(バカリャウの家)」のように、バカリャウ料理専門のレストランが点在しています。ここでは、伝統的なものからモダンなアレンジまで、様々なバカリャウ料理を一度に楽しむことができます。
- タスカ (Tascas): 地元の人が通うような庶民的なレストラン「タスカ」では、家庭的な雰囲気の中で、温かく素朴なバカリャウ料理が提供されています。地元の暮らしに触れながら、本場の味を堪能するのに最適です。
- 市場: リスボンのリベイラ市場(Mercado da Ribeira)など、各地の市場では、様々な種類のバカリャウが売られています。その形状や塩の漬かり具合によって種類が異なり、地元の人々が真剣に選ぶ様子を見るだけでも、その文化の深さを感じられるでしょう。
- スーパーマーケット: ポルトガルのスーパーマーケットの棚には、多種多様なバカリャウが並んでいます。生の鱈と異なり、完全に乾燥しているため、日本へのお土産として持ち帰ることも可能です。ただし、調理には数日間水に浸して塩抜きをする必要がありますので、購入の際は注意が必要です。
バカリャウを味わう際は、ポルトガルワイン、特にヴィーニョ・ヴェルデ(微発泡ワイン)やドウロ地方の赤ワインとのペアリングもおすすめです。
まとめ
映画やドラマの画面を通じてポルトガルの食卓を覗くと、バカリャウが単なる食材ではなく、人々の生活様式、歴史的背景、そして温かい人間関係を象徴する存在であることが見えてきます。大航海時代から受け継がれた知恵と工夫、そして家族の絆が、この干し鱈という食材に込められているのです。
次にポルトガルの作品に触れる機会があれば、ぜひ登場人物たちが食卓で何を囲んでいるかに注目してみてください。きっと、そこにはバカリャウという食材が紡いできた、奥深いポルトガルの物語が隠されているはずです。異文化への理解は、食から深まることが多くあります。画面越しの異文化体験が、皆さんの知的好奇心を満たす一助となれば幸いです。