ベトナム映画・ドラマにみるリアルなストリートフード文化 ~フォーやバインミーに隠された歴史と習慣~
はじめに
人気の映画やドラマ作品は、物語を楽しむだけでなく、登場人物たちの暮らしや、彼らが生きる世界の文化を知る窓口でもあります。特に食に関する描写は、その土地の人々の生活や歴史、価値観を深く理解するきっかけとなることが多いものです。
この「画面で学ぶ異文化入門」では、様々な国の映画やドラマを取り上げ、そこに描かれるリアルな食文化や習慣、歴史について掘り下げています。今回は、活気あふれる街並みと美味しい料理で知られるベトナムに焦点を当て、作品から読み取れるストリートフード文化の魅力に迫ります。
ベトナムの食文化を代表する料理といえば、フォーやバインミーを思い浮かべる方も多いでしょう。これらの料理は、ベトナムの人々の日常に深く根差しており、映画やドラマのシーンにも度々登場します。単なる食事としてではなく、街の風景や人々の営みと一体となって描かれるこれらのストリートフードを通して、ベトナムの異文化を体験してみましょう。
映画・ドラマに描かれるベトナムのストリートフード
ベトナムを舞台にした映画やドラマを見ると、その活気あふれる街の様子と共に、人々の生活に寄り添うストリートフードの存在が印象的に描かれていることに気づきます。
例えば、フランスとベトナムの合作映画『青いパパイヤの香り』(1993年)は、1950〜60年代のサイゴン(現在のホーチミン)を舞台に、一人の少女の成長と家族の物語を繊細に描いています。この作品の中では、豊かな緑に囲まれた家での丁寧な食卓の準備や食事のシーンが多く登場しますが、一歩外に出れば、市場の喧騒や街角の風景が広がります。当時の具体的なストリートフードの描写は限定的かもしれませんが、市場で新鮮な食材が売られ、人々が日々の糧を求めて集まる様子からは、食が暮らしの中心にあることが伝わってきます。
現代のベトナムを描いた作品やドキュメンタリー、あるいは旅番組などでは、より直接的にストリートフードの光景が登場します。通勤途中の人々が屋台で朝食のフォーをかきこむ様子、学校帰りや仕事終わりに仲間と屋台に立ち寄るシーン、夕暮れ時の街角に並ぶバインミーの屋台などです。これらのシーンは、ストリートフードがベトナムの人々にとって特別な日の食事ではなく、ごく日常的な、生活の一部であることをリアルに映し出しています。
フォーとバインミー:ベトナムを代表するストリートフードの魅力
ベトナムのストリートフードの中でも特に有名なのが、米粉麺を使った温かいスープ「フォー」と、フランスパンに様々な具材を挟んだサンドイッチ「バインミー」です。これらの料理は、単に美味しいだけでなく、ベトナムの歴史や文化が凝縮されています。
フォー (Phở)
フォーは、ベトナム北部が発祥とされる国民食です。一般的には、牛肉または鶏肉をベースにしたあっさりとしたスープに、つるりとした米粉麺、そしてパクチーやネギなどのハーブ類がたっぷり乗せられます。映画やドラマでは、湯気が立ち上る屋台で、人々が器を手にフォーを食べる姿がよく見られます。
- 歴史: フォーの起源には諸説ありますが、19世紀末から20世紀初頭にかけて、北部ハノイで誕生したと考えられています。フランス植民地時代に牛肉の消費が増えたこと、そして中国からの移住者が持ち込んだ麺文化が結びついて生まれたという説が有力です。元々は朝食として食べられることが多かったようですが、現在では一日中、様々な時間帯に楽しまれています。
- 習慣: ベトナムの人々にとって、フォーは手軽で栄養のある食事です。特に朝、屋台でフォーを食べてから仕事や学校に向かうのは一般的な光景です。また、風邪をひいた時や体調がすぐれない時に食べることもあります。
バインミー (Bánh Mì)
バインミーは、フランスパンを使ったベトナム風サンドイッチです。ベトナムの街角には、色々な種類のバインミーを売る屋台が数多くあります。
- 歴史: バインミーは、フランス植民地時代に持ち込まれたフランスパンが元になっています。しかし、ベトナムの人々は、そのパンにベトナム独自の具材を挟むことを考案しました。パテ、焼肉、ミートボール、レバーペースト、なます(大根と人参の酢漬け)、パクチー、唐辛子など、様々な具材が組み合わされ、独特の味を生み出しています。これは、フランスとベトナムの食文化が見事に融合した例と言えるでしょう。ベトナム戦争終結後、多くの人々が海外に移住したことで、バインミーは世界中に広まりました。
- 習慣: バインミーは、朝食や軽食として非常にポピュラーです。手軽に持ち運べるため、通勤中や休憩時間などにサッと買って食べる人が多いです。屋台によって具材や味が異なり、自分好みの店を見つけるのも楽しみの一つです。
ストリートフードに映るベトナムの暮らしと歴史
ベトナムのストリートフードは、単なる「外食」の選択肢を超えています。それは、その土地の気候や歴史、そして人々の社会的な繋がりを映し出す鏡のようなものです。
温暖な気候のベトナムでは、屋外で調理や食事がしやすい環境です。また、かつてのフランス植民地時代や、その後の激動の歴史を経て、経済的な事情から外食、特に手軽な屋台飯が発達した背景もあります。
屋台は、近所の住民や通りがかりの人々が集まる交流の場でもあります。狭いプラスチック製の椅子に腰掛け、同じ屋台で食事をする人々との間に、自然と会話が生まれることもあります。映画やドラマで描かれる屋台のシーンには、こうした地域社会の温かさや、人々のたくましく生きる姿が垣間見えます。
旅行の参考情報:リアルなベトナムの食を体験するには
映画やドラマを見てベトナムのストリートフードに興味を持ったなら、実際に現地を訪れてみるのも良いでしょう。
現代のベトナムでも、フォーやバインミーの屋台は健在です。特に、ハノイの旧市街やホーチミンの活気ある通りには、多くの屋台が立ち並んでいます。旅行者が屋台を利用する際は、以下の点に留意すると、より安心して楽しめます。
- 衛生面: 清潔そうな店を選ぶのが賢明です。地元の人々で賑わっている店は、回転が速く食材が新鮮である可能性が高いです。
- 注文方法: 多くの屋台ではメニューがベトナム語のみの場合がありますが、指差しや簡単な英語でコミュニケーションが可能です。人気店では、特定の料理(例えば「フォーボー」=牛肉のフォー)だけを提供していることもあります。
- 価格: ストリートフードは非常にリーズナブルです。注文前に価格を確認するか、地元の人々の様子を見て相場を掴むと良いでしょう。
- 支払い: 基本的に現金のみです。小銭を用意しておくと便利です。
また、近年では観光客向けに、安心してベトナムのストリートフードを体験できるフードツアーなども企画されています。現地の食文化や歴史について解説を聞きながら、おすすめの屋台を巡るのも良い方法です。
まとめ
ベトナムの映画やドラマに描かれるストリートフード、特にフォーやバインミーは、単に美味しそうな料理としてだけでなく、ベトナムの人々の歴史、日々の暮らし、そして社会的な繋がりの象徴として登場します。
これらの料理が生まれた歴史的背景や、人々の生活にどう組み込まれているのかを知ることで、作品の描写がより立体的に見えてくるはずです。画面を通して、ベトナムの活気あふれるストリートフード文化に触れ、異文化理解への一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。次にベトナムの映画やドラマを見る際は、登場人物たちが何を食べているか、どんな場所で食事をしているか、ぜひ注目してみてください。そこから見えてくる新たな発見があるかもしれません。